錫器の歴史は大変に古く、世界最古の錫器は3,500年も前のものと言われています。
それ以来、歴史を通じて錫器は世界中の人々によって使用されてきました。
なぜ錫器はこれほど長く世界中の人を魅了し続けているのでしょうか。
錫という金属の特性から錫器の特徴を考えてみましょう。
錫器は一生つかえる
錫は金属の中でも比較的やわらかい部類に属します。
そのため、錫器は落としたり何かの角にぶつけたりして強い圧力や衝撃が加わるとへこんでしまいます。
それでもその柔らかさが幸いして、元通りに直すことも可能です。
また、陶器やガラスでできた器は割れてしまうことがありますが、錫器は割れるということがありません。
丁寧に扱っていれば、末永く使用することが可能です。
錫器は長く使用していくと、表面が灰色がかってきたり光沢がやわらかくなったりして、なんともいえない落ち着きが出てきます。
これも錫らしい味が感じられてそれはそれでとても良いのですが、気になる場合には柔らかい布などで表面を磨くことによって元の光沢を取り戻すことができます。
このようにしてきちんとメンテをすると、いつまでも綺麗な状態で楽しむことができます。
電子レンジは使えない
錫の融点は232℃と他の金属に比べかなり低くなっています。
つまり232℃でどろどろに溶けてしまうのです。
そのため、鉄や銅などの金属と比べると鋳物として加工しやすい素材であるといえます。
しかし融点が低いということは、錫器を直火にかけたり電子レンジに入れたりすると溶けてしまう可能性があるということです。
ですから、絶対にそのようなことはしないようにしましょう。
油ものなどで極端に熱い料理を盛りつけるのも避けたほうが賢明です。
また、低温にも弱いために極寒の地での使用にも向かないとされています。
熱伝導率に優れる
錫は熱伝導率にたいへん秀でている素材です。
錫器でお酒を燗にするとすぐに温まりますし、冷たいビールはより冷えた状態で楽しむことができます。
お刺身を錫器に盛り付ければ、鮮度を保ってくれるだけでなく、見た目にも涼しげで食卓を美しく演出してくれます。
錫器を酒器として使用すると、いつものお酒がさらに美味しく感じられることに驚かれることでしょう。
これも錫器の特徴のひとつです。
錫はその高い熱伝導率から、すぐ温まりすぐ冷える特性があります。
陶器に比べ1.8倍の速さで熱を移動し、50倍の速さで器全体に伝える錫は燗や冷酒の器としてぴったりです。
かつては金や銀に並ぶ価値があったといわれる錫を贅沢に使用した錫器は、ひとつひとつ丁寧に磨きこまれて美しくなめらかで、やさしく厚みのある飲み口を実現しています。
錫のタンブラーの内側は細かな凹凸があり、これにビールが当たると細やかな泡を生み出します。
この泡がビールに蓋をし、さらに美味しくします。
密封性に優れる
錫は保存容器の素材としても優れています。
例えば、大阪錫器の茶壷は、肉厚に鋳造した錫を削り出して製造されています。
確かな技術を持つ職人の手によって精度高くすり合わせた蓋は高い密封性を持ち、空気や湿気、それに紫外線を寄せ付けません。
それでいてとても開け閉めがしやすくなっています。
浄化作用に優れる
錫は金属のなかでもかなり特殊な素材で、空気中でも水中でも錆びることはありません。
また、毒性のある物質が溶け出したり、飲み物や料理に付いたりするということもありません。
錫器に入れた水は腐りにくくなるため、昔は水の浄化などにも使用されていたようです。
錫器に水を入れて切り花を活けると、他の素材でできた花器に入れた時と比べて非常に長持ちします。
はるか古来より、錫が持つやわらかな輝きは人々の心をとらえて離しません。
希少な鉱物資源ではありますが、銀のように黒ずんだり錆びたりすることはありません。
錫製の器は、お酒やお水を浄化したり、食材の色を際立たせて食欲を刺激してくれたりする効果も持っています。
誤解されていた錫の毒性
現在の錫器についていえば人体に悪影響を与える心配は全くなく、安心してお使いいただけますが、錫には毒性があると誤解されている場合もあるようです。
例えば、有機錫がいわゆる環境ホルモンとして有害であることはよく知られていますが、これは人工的に作られた化学物質です。
一方で日用品に使われている錫は無機錫であり基本的に前者とは異なる物質であり、環境ホルモンとして働くことはありません。
また昔は、錫に限らずさまざまな金属の採掘現場などで長期的に作業する採掘員には塵肺の被害があったことから、健康に良くないイメージを持つ人もいるようですが、現在は現場環境が整備されており、そのようなことはありません。
もちろん、製品として手にする物には何の心配もありません。
鉛の毒性
錫に毒性があると誤解されている最大の理由は、鉛にあります。
錫に不純物として鉛が含まれている場合、この鉛が問題になるのです。
鉛には毒性があり、特に中枢神経系に作用して精神遅滞と学習障害を発生させます。
アメリカ境保護庁によると、鉛は不妊を招き、子どもの身体発達を妨げ、高血圧の原因となり、聴覚低下を起こし、恐らくは発癌物質であるとされています。
錫と鉛の合金と言えばはんだですが、これは200℃以下で溶けるという特性があり、電化製品の基盤部分に用いられています。
それ同様に錫に微量に鉛を含ませることで加工性をよくした工業製品もあったようです。
ペンキやガソリンにもかつては鉛が含まれていましたが、鉛の毒性が問題視されるようになってからは鉛フリー(つまり無鉛)となっています。
骨董品や海外製には要注意
西洋でも過去において鉛の器が用いられたり、ワインを甘くする目的で鉛が添加されたりしていましたが、それにより多くの健康被害が出たことがわかっています。
かつて、ローマの貴族は鉛の毒性を知らなかったために、鉛を貼った杯を使用してワインを飲み、貯水槽には鉛を貼って雨水を貯め、そして鉛の管を通して飲料水を送っていました。
日本でも、家庭内の古い水道配管には鉛管が使われていたことを考えると、あまり他人事ではなくなってきます。
古代ローマ人の骨の中には、障害を起こすほどの鉛が含まれていたとも言われ、これがローマ帝国の崩壊の一つの要因になったとさえ考えられています。
日本でも江戸時代の錫器には有毒な鉛が2割以上も含まれているものがあります。
ですから、いわゆる骨董品の部類に属するような錫器の場合は観賞用とし、実際の使用は避けたほうが良いでしょう。
また、マレーシアなどで売られている錫製品のお土産に英語で食器として使用しないようにとの表記がなされていることもあるようですが、これは鉛が含まれているためです。
このように海外の粗悪な錫製品には現在も鉛が含まれている可能性があります。
特に、アジア地域で錫製品を購入された場合はご注意ください。
安全な日本製の錫器
現在日本で製造されている錫器の場合には、こうした問題はありません。
日本では食品衛生法により、鉛を含んだ合金は食器などの口に触れる器などの素材として使用されることは禁じられており、鉛は一切使われていません。
錫そのものは、毒性のない金属として世界中で昔から食器などに使われてきた金属であり、安心してお使いいただけます。
錫器の希少性
もしかすると、これまで錫器というものをあまり手にしたことはなかったかもしれません。
錫は金属であるため、その表面に陶磁器やガラスの器のように色彩豊かな絵や模様を描くことができません。
また、金属であるということでやや冷たく硬いイメージを持たれることもあります。
しかしながら、職人が錫を繊細に磨き上げたことによって出る表面のきめ細かな艶と光沢はとても味わい深く、漆器と比べても遜色はありません。
デザインもよく考えられており、あえて丸みを帯びた形状に仕上げることによって手に吸い付く感じを生み、抜群の持ちやすさや使いやすさを実現しています。
これは手びねりによって生み出される陶器に比べても決して劣っていません。
錫の特性を十分に生かした美しい器をつくる職人はそれほど多くはありませんが、飽和状態にあるといっても過言ではない他の素材の器に比べて今後が楽しみなジャンルであるともいえます。
金属ならではの制約を逆手に取ってデザインした作品にはそれぞれの作家の力量が色濃く反映されています。
人気のある錫器はどれも錫の素材を生かした簡素な形状ですが、たいへん温かみのある作品が多くなっています。
錫は希少性が高く、大量に流通してはいません。
さらに、古代では錫は金や銀と同じくらい貴重で、宮中で用いる器や有力神社の神酒徳利、榊立などの神具としてごく一部の有力者たちだけが使用していたという経緯から、陶磁器やガラスの器に比べて一般の人々の間にはそれほど浸透してはいませんでした。
こうしたことを考えると、錫製の器はこれから評価が高まってゆく分野かもしれません。
錫の特徴と毒性について まとめ
錫器は希少性の高い金属素材であり、安易に購入できるような価格のものではありません。
それでも、錫器の逸品は、普段の生活に潤いや豊かさをもたらしてくれることでしょう。
例えば、錫器に注いだ白湯で一日を始めるのはどうでしょうか。
一日を終える時には、錫器に注いだ日本酒やビールで自分の労をねぎらうのもまた格別です。
ぜひ錫器の逸品で、ちょっとした贅沢をお楽しみください。
また、それぞれの酒器の特徴は素材やデザインだけではありません。
よりいっそう楽しい酒器ライフを送るなら酒器の形状によって味わいが変化するという科学的知識も参考にしてみるといいでしょう。
→日本酒のうま味を最大に引き出す科学的酒器選び~酒が舌にどのように運ばれるのか!?4タイプ別おすすめ酒器の選び方~
錫製品を作る際、必ず錫のインゴットを使用しますが、錫インゴットは「3N」、「3.5N」、「4N」、「4.5N」などクラス分けされていることをご存知でしょうか。
「3N」=錫品位99.9%以上
「3.5N」=錫品位99.95%以上
「4N」=錫品位99.99%以上
「4.5N」=錫品位99.995%以上など。 ※錫品位が100%の錫インゴットは存在しておりません。
錫インゴットの成分分析表(インゴット販売数社分)を確認した際、3N~3.5Nクラスでは、Pb(鉛)、Cd(カドミウム)が極微量ながら溶け込んでおります。
4NクラスですらPb(鉛)が0.0005%程度混入しております。
人体に影響がないレベルなのかもしれませんが、事実は知っておいていただきたい。
ちなみに、工業試験場等で錫製品の成分分析をしても、小数点第2位辺りで切り捨て及び四捨五入されるため、Pb(鉛)やCd(カドミウム)は混入していないことにされてしまいます。