最近では、多くの酒蔵で見学をすることができるようになりました。
日本酒ブームも手伝って、休日にはかなりの賑わいを見せることもあります。
酒造りの様子を見るのは楽しいですし、勉強にもなります。
しかしながら、本来酒造りというのは非常に繊細な神経を使う仕事でもあります。
なぜなら、麹菌や酵母という目に見えない生き物の力を利用しているからです。
そこで大切になってくるのが酒蔵見学のマナーです。
日本酒造りの命
多くの酒蔵では、見学の際には朝に納豆やヨーグルト、漬物、それに果物などを食べるのを控えるようにという趣旨のお願いがなされています。
実はこれはお願いなどではなく、禁忌ともいえることなのです。
これらの食品にはそれぞれ特徴を持った菌がたくさん生育していますが、これが日本酒にとっての命といえる麹菌や酵母に悪影響を与え、結果として粗悪なお酒しかできなくなってしまいます。
時にはお酒そのものが全くできなくなってしまうこともあります。代表的な例をいくつか挙げてみましょう。
納豆 ~枯草菌~
納豆には枯草菌【こそうきん】という菌が含まれています。
いわゆる納豆菌です。
この枯草菌は非常に強力な菌で、麹造りの際にこの菌が混入して繁殖条件が満たされると、麹は納豆のようにネバネバになってしまいます。
さらに日本酒造りに必要な酵素がほとんど生まれなくなり、もはや麹作りはできなくなってしまいます。
そしていったん枯草菌が繁殖してしまうと、これを除去するために「麹室全体」を30分間、100℃の熱湯に漬けて殺菌しなければならないくらいです。
枯草菌が厄介なのは、生育に適した温度や湿度、必要とする栄養源などが麹菌とほぼ同じだという点です。
しかも、麹菌と枯草菌が戦うと必ず枯草菌が勝ちます。
そのようなわけで、麹室に枯草菌が入り込むことは、まさに大問題です。
麹のために整えた環境は、枯草菌にとっても天国のような環境なのです。
枯草菌 【こそうきん】
この枯草菌ですが、昔は納豆を造る際に大豆を稲わらで包んでいたことからも分かる通り、自然の稲わらの中に多く生息しています。
昔の酒蔵では稲わらで作られたむしろの上で蒸した米を冷ましていたことから、枯草菌の混入が多かったのではないかと思われがちですが、実はそれほどでもありませんでした。
なぜなら、むしろの使用にあたり、大釜で煮沸と天日干しを繰り返し行なう「間欠滅菌」という方法が取られていたためです。
繁忙期に雪空が重なって乾燥が不十分とならない限りは、とても清潔な状態で使用されていたはずです。
蔵人たちは納豆を絶つ
酒造りの期間中に蔵人たちが完全に納豆を絶つという酒蔵も多くあります。
半年間に及ぶ酒造りを終えて春に食べる納豆ご飯が、世界で一番美味いという蔵人もいるほどです。
確かに、昔の納豆は強力な野生の菌を使っていたため、食後の簡単な手洗い程度では完全に菌が落ちずに米に移ることがあったようです。
ただ、最近の納豆菌は、清潔な製造環境での使用を前提として純粋培養されたものですから、野生の菌よりは弱く、昔に比べると汚染の心配も少なくなっています。
それで、酒造り期間中に納豆を食べても、清潔にして歯磨きと手洗いをしっかり行えばまず問題は起こらないと思われます。
しかしそれでも万が一ということもありますし、伝統的に避けてきたことでもあります。
酒蔵にとって納豆は危険なものというのが基本的な考え方です。
ヨーグルト ~火落ち菌~
ヨーグルトも発酵食品です。
ヨーグルトに含まれるのは主として乳酸菌類ですが、日本酒の世界では火落ち菌と呼ばれ、嫌われています。
納豆の菌は麹に悪影響を与えますが、こちらの火落ち菌は醪に悪影響を与えます。
もしも醪に火落ち菌が混入してしまうと、発酵の過程で酸を大量に出し、お酒は売り物にならなくなってしまいます。
火落ち菌を除去するには、60℃程度まで加熱する必要があります。
枯草菌のように100℃が必要ではないのですが、火落ち菌の厄介なところはアルコール分(普通は殺菌に使用されます)があっても繁殖することにあります。
ですから、一度繁殖すると手が付けられなくなってしまいます。
多くのお酒では瓶詰めの際に火入れをして殺菌していますが、生酒などの場合は火入れをしませんので、出荷して時間が経ってから酸が出てお酒が台無しになってしまうという結果になります。
なお、乳酸菌は漬物などにも含まれていますので注意が必要です。
柑橘系の果物 ~青かび菌~
ミカンなどの柑橘系の果物の場合は、皮の裏側に青かび菌が生育しています。
当然のことながら、これも麹にとっては最悪です。
皮の外側に乳酸菌がたくさん付いていることもあります。
また、柑橘類の持つ酸も麹菌にはあまりよくない影響を与えると言われています。
以上が代表的な例ですが、酒蔵見学の日には納豆やヨーグルト、漬物、それに果物などを食べないようにというお願いの理由がお分かりいただけたかと思います。 他にも、土いじりをした後に来るとか、草刈りの後に服を変えずに来るとか、そういうことも同じ理由で避けるべきです。 基本的な考え方は、酒蔵に他の菌を極力持ち込まないということです。
杜氏と道具
古来から腕の良い杜氏というのは、単に酒造りの経験や人徳だけでなく、衛生観念もしっかり持っていたということができるでしょう。
そのような杜氏が仕切る酒蔵では、道具類の洗浄等が徹底され雑菌の繁殖による酒の汚染は非常に少なかったということです。
現代では様々な技術の進歩により、仕込み中にお酒がだめになってしまうということはほぼ起こりません。
精米歩合も昔と比べてかなり磨いているので、雑菌の好む栄養分が削がれて繁殖しにくくなっています。
優良清酒酵母や厳選された種麹菌の使用、殺菌消毒剤の進歩、衛生的な設備や道具の使用により、現在では微生物による日本酒の汚染は格段に少なくなっています。
それでも、麹菌や酵母という生き物の力を利用している以上、絶対確実ということはありません。
まとめ
このようなわけで、酒蔵見学の際のマナーとして、酒造りに悪影響を及ぼす枯草菌・火落ち菌・青カビ菌を持ち込まないようにしましょう。
どんな酒蔵も、衛生管理には細心の注意を払いつつ良いお酒を造るために精進しているのですから、見学する側もその努力に敬意を表してゆきたいものです。
ブログを拝見いたしました。
もしよければ、教えて下さい。
酸っぱくなる火落ち菌って、体に悪いのですか?
酵素玄米の甘酒を作っています。
甘酒に火入れをしないで、生の状態で飲んでいます。
その方が、善玉菌が生きて体に良いと考えているので。
でも、生だから、日を追うごとに酸味が増します。
個人的には、甘みと酸味が混ざった味が好きです。
2週間が経過したのを飲んだ事があります。
舌ベラが痺れるくらいの酢になっていました。
青カビ、黒カビなどの腐敗した様子は、ありませんでした。
200cc飲んでも、お腹が痛くないのに気づきました。
これは、体に良いのでしょうか?
酸っぱいのは、乳酸菌だから、腸に良いと思いますが・・・。