薩摩切子は別名薩摩ガラスあるいは薩摩ビードロと呼ばれ、多くの身分の高い人たちに愛好されました。
大名への贈り物や篤姫の嫁入り道具として、さらには欧米諸国へも輸出されるようになりました。
ガラス製造の技術も先進的で、日本では不可能だった紅、藍、紫、緑、黄といった色のガラスの開発にも成功しています。
薩摩切子の特徴
薩摩切子は分厚い色被せ【いろきせ】の層を生かしたぼかし加工や、繊細な彫りが特徴です。
江戸切子の場合は無色透明な透きガラスを用いるのに対し、薩摩切子は色被せと呼ばれる表面に色のついたガラス層をつけた生地を用いています。
この色の層の厚みに対して大胆な切子細工が施されると、切子面に色のグラデーションが生まれます。
独特の色合いとそれを引き立てる精密なカット、そして薬品にも耐える上質のガラスは非常に優れたものといえます。
紅、金赤、藍、緑、紫、黄、瑠璃といった色が用いられていますが、特に赤いガラスは薩摩藩の研究者であった中原尚介たちが数百回もの実験を繰り返してようやく完成したものといわれています。
この色被せガラスに施されたカットによる「ぼかし」によって侘び寂びの感じられる、なんともいえない風情をもたらすのです。
薩摩切子の謎
薩摩切子はカットガラスがメインで、藩主への贈り物などに用いられていたということは先ほど述べた通りですが、その品質の良さと高貴な方への贈り物という観点からみても、もう少し多数の作品が残っていても不思議ではありません。
しかし、当時の作品はほとんど残っておらず、見ることができないため、製法など詳細についてはよく分かっていないところも多く残されています。
例えば色被せの技法ですが、坩堝から巻き取ったのか、それとも色ガラスを成形してから素地と張り合わせたのかについて現在でも調査が続けられています。
これまでは部分手摺りで、他は回転盤などによる研磨であると考えられてきたカット面についても、実は江戸切子と同じような手摺りであった可能性が取りざたされています。
回転盤加工の痕跡がないことや、光を通さない色ガラスの表面を数年の修行をしただけでろくろを使って研磨できたのかどうかということなど、まだまだ謎が残されています。
薩摩切子の製造工程
薩摩切子は、細かい細工がひとつの特徴です。
籠目紋の内側に魚子紋を入れるなど、非常に繊細な文様が刻まれています。
こうした細工はまさに日本特有のものであり、しかも切削部分が目視しにくい色ガラスを使用しているため、薩摩切子は高度な技術が必要とされる製品といえます。
ひとつひとつの作品には、大変な手間がかけられています。
1-1.生地吹き
薩摩切子のガラス生地は 透明ガラスに色ガラスを被せた色被せ【いろきせ】ガラスと呼ばれる二層構造になっています。
まずは窯からそれぞれのガラスを取り出し、異物を取り除きます。
1-2.色被せ
透明ガラスに色ガラスを被せる「色被せ」という作業です。
薩摩切子特有の美しい「ぼかし」と呼ばれるグラデーションを生み出すには透明ガラスに被せる色ガラスの厚みが均一でなければなりません。
1-3.型吹き
金型に生地を吹きこんで形を整えます。
2-1.生割り出し
まず、ガラスの表面に切子の基準となる線や点を描く「割付(当たり)」または「割り出し」と呼ばれる作業が行なわれます。
生地に分割線を引く下絵のようなものと考えていただくとわかりやすいかと思います。
この分割線が狂うと当然、切子の文様が崩れますので、簡単そうに見えますが、多くの経験を必要とするとても大切な工程です。
2-2.荒摺り
次いで「荒摺り」へと進み、ダイヤモンド入り円盤や荒い砥石で大まかに模様を削り出します。
2-3.中摺り、石掛け
さらに「中摺り」の工程で砥石を使用して細かい文様を削り出す作業を行ないます。
次に、仕上げの前工程として「石掛け」という作業が行なわれます。
「荒摺り」および「中摺り」によって削り出された粗い面を滑らかにする作業です。
3-1.木盤磨き
そのあと「磨き」と呼ばれる仕上げの作業に進むことができます。
まずは「木盤磨き」です。
木盤と呼ばれる木の円盤を回転させて、水でペースト状に溶いた磨き粉をつけながら細かい線をひとつひとつ磨いていきます。
クリスタルガラスの生地の場合、磨き粉は酸化セリウムという研磨剤を使いますが、最近では青桐でできた円盤やセリウム盤を使うこともあります。
3-2.バフ仕上げ
ブラシを使ってさらに細かい部分を磨き、最後にバフに水で溶いた艶粉をつけながら表面を鏡面に仕上げます。
これらの工程を経て、ガラス本来の透明な輝きが生まれ、美しい作品が完成するのです。
写真は島津興業ウェブサイトのものです。
島津薩摩切子ウェブサイトはこちら。
手磨きと酸磨
優秀な切子職人は、この最後の工程において木盤と磨き粉を用いた伝統的な手磨きにこだわっています。
薬品でガラスの表面を溶かして磨く酸磨と呼ばれる比較的楽な手法もありますが、それでは工芸品と呼ぶにふさわしいレベルの質感や輝きになりません。
酸磨された切子を手にとって見るとよくわかります。
手磨きは、ガラスの表面を研磨剤で丁寧に磨いていくのに対し、酸磨は切子を特殊な薬品に漬けてガラスの表面を溶かすことによって光沢をだします。
当然のごとく、薬品により酸磨されたガラスのカット面は溶けているので角は失われ、丸みをおび、せっかくカットされたシャープさが失われて、その輝きにも影響を及ぼします。
手磨きをすることにより、繊細な切子細工の良さが引き立ち、よりいっそうきらびやかに輝く作品が生まれるのです。
手磨きと酸磨については、後ほど詳細を記事にしていきたいと思います。
まとめ
薩摩切子は、江戸切子のように生活感のあるガラスや、ヨーロッパ製の冷たく感じられるまでに美しいガラスとは一線を画すたいへん魅力的な工芸品といえます。