人の心に落ち着きをもたらしてくれたり、楽しい気分にしてくれたりする錫器ですが、実際にはどのようにして製作されているのでしょうか。
錫器の製作には鋳造という技法が使われています。
鋳造というのは、材料となる金属を熱して溶かし、それを型に流し込み、冷やして目的とする形に固める加工方法のことです。
この時に使用する型は鋳型、鋳造によってできた製品は鋳物と呼ばれます。
技法としては古代から用いられてきた方法ですが、長年の経験と繊細な技術力が必要とされる技法でもあります。
日本においても鋳造は伝統的な技法で、仏像や梵鐘の製作のために受け継がれてきたものです。
錫器はこの技法を用いて製作されているのです。
では、原料の金属である錫がどのようにして美しい錫器になってゆくのか、その工程を順に見てみましょう。
①鋳型の製作
まずは溶かした錫を流し込むための鋳型を制作する必要があります。
この鋳型には砂を用います。
数種類の砂をブレンドし成形した後、炭酸ガスを注入して固めます。
それから鋳口、つまり溶けた錫を流し込むための入り口となる部分を作ります。
この作業は、一瞬たりとも気が抜けない大切な工程です。
砂型の良し悪しで、作品の出来映えが大きく変わってくるためです。
そのうえ、砂でできているので季節や周囲の環境が大きく影響してきます。
特に湿度には注意が必要で、その時の湿度に合わせて砂のブレンド具合を調整しなくてはなりません。
これがうまくいかないと、砂型が使い物にならなくなり作品を台無しにしてしまうためです。
職人の熟練した技が求められる工程です。
②黒味の塗布
前の工程で成形した砂型の内部の面はとても荒れています。
当然のことですが、このまま錫を流し込むとできる鋳物の表面も荒くなってしまいます。
そこで、ススとアルコールを混合した黒味と呼ばれている液体を刷毛で砂型の内面に塗布してゆきます。
しっかり塗り終わったなら一旦黒味に火を付け、余分な水分とアルコールを飛ばします。
この工程を経ることによって、砂型の内面の細かな穴が塞がれ、なめらかできめの細かい状態になります。
この工程も、製品の出来を左右する重要な部分です。
③砂型の乾燥
砂型を成形し黒味の塗布処理が終わったら、それをさらに乾燥させます。
もしも砂型の中に水分が残っていると、溶けた錫を流し込んだ際にガスが発生したり、予期していない部分にまで錫が流れ込んだりしてしまいます。
そうなるとこの後の工程で大きく手間取るだけでなく、形が崩れてしまって製品として出せないということになってしまう可能性があります。
そのため、しっかり乾燥させる必要があるのです。
この工程においても、砂型の状態を的確に見極める熟練した職人の目が重要です。
砂型の製作にかかってからここまで3日ほどかかると言われており、なかなか大変な作業です。
④流し込み
乾燥させた砂型のそれぞれのパーツを組み合わせ、針金でしっかり周囲を固定します。
そこに錫の延べ棒を入れ、炎を当てて熱していきます。
錫は金属としては極端ともいえるほど低い融点を持ち、232℃で溶けてしまいますので、わずかに数分で溶け始めます。
ちなみに鉄の融点は1535℃ですので、錫の融点の低さがお分かりいただけると思います。
溶けた錫は銀色の液体となり、流し込みはほんの一瞬で終わってしまいます。
その後、完全に冷めるまで半日ほどしっかりと冷まします。
⑤砂型の破壊
流し込んだ錫が完全に冷めると、砂型から錫を取り出すための工程に移ります。
3日をかけて作ったことを考えると非常にもったいないようですが、砂型をハンマーでたたき壊して粉々にします。
それ以外に砂型から中身を取り出す方法がないためです。
もっと効率の良い方法もありますが、あえて砂型を採用しているのにはそれなりの理由があります。
つまり砂型を使うと、細やかな模様や手に馴染む独特の肌触りを表現できるということです。
本来、砂型というのは一点物の芸術作品に用いられる手法でもあり、その特徴を重視して錫器の製造でも採用され続けているのです。
錫は非常に柔らかいため、この工程においては中の錫器に影響を与えないよう、細心の注意を払いつつ砂型を壊していく必要があります。
⑥取り出し
前の工程で粉々にした砂型から鋳込まれた錫器を慎重に取り出します。
錫はとても柔らかいため、変形してしまわないように、丁寧に優しく取り出していきます。
⑦バリ取り
砂型から取り出し、細かな砂を取り払って綺麗にした後はバリ取りの工程に入ります。
バリというのは加工する際に発生する突起のことで、特に鋳物には付き物であり、当然のことながら取り出した錫器にもバリが付いています。
金ばさみを使用して、丁寧にバリを取り除いていきます。
⑧磨きと仕上げ
ようやく最後の工程です。
この段階では、必ず新しい手袋に交換して作業を行ないます。
専用のブラシを使って表面を磨いていきます。
そうすると錫の表面を覆っていた薄い膜のようなものがみるみる消えていき、中からは美しい輝きをまとった錫が姿を現わします。
このとき、必要以上に器を輝かせることをあえて避け、上品で柔らかい印象を与えるように配慮します。
そうすることで錫器が光の加減や角度によって様々な表情を見せてくれるようになるのです。
一方、飲み口にあたる部分は磨き棒を使い、時間をかけて仕上げを行ないます。
口の当たる部分をしっかりと仕上げ、滑らかな口当たりとなるようにします。
結果として飲み口の部分は他の部分と比べて非常に輝きます。
この輝き具合の差が独特の味わいとなり、高く評価されています。
まとめ
このように、錫器は熟練した職人が伝統的な技法で手間をかけ心を込めて製作しているものです。
それらの職人たちの願いは、錫器を使う人たちがくつろいでお酒や料理を楽しむことにあります。
そのために錫器は今日も製作され続けているのです。